共創ネットワーク・グループ事例


印刷業共創ネットワークの魁
EPC−JAPANの活動について

田中 肇(たなか経営研究所)

1.地域印刷トップ企業の共同体
 EPC-JAPANは「Excellent Printing Community of JAPAN」の略で昭和49年10月に中堅印刷会社14社で設立され、今年秋30周年を迎える。「変動する時代に対応する知識集約的産業として豊かな社会の発展に寄与する」(EPC宣言)ことを目的に設立された共同体である。
 
設立の経緯は、初代理事長である秀巧社印刷(株)間秀郎会長の「EPC設立の頃」という文章によると、高畑傳助教授の研究室での会話から始まった。間会長が「先生のところで学士入学をして印刷技術を学問的に勉強してみたい」と相談したら、高畑先生は「これからの印刷業は、技術よりも企画力をもっていることが大切である。企画力がなければこれからの時代についていけない」と答えたという。
 当時の印刷業界においては、大日本、凸版等、大手印刷会社の寡占化が進みつつあり、中小の印刷業者にとっては、その資本力に対抗していくことは並大抵のことではなかった。しかし、間氏は、中小の印刷会社でもそれぞれの力を結集すれば十分に大手にも対抗できる。特に、これからは企画力、営業力を身につけて「大手にない魅力」を打ち出すことが中小印刷業者の重要な課題であると考え、全国各地域のトップ企業を集め「魅力ある集団」を結成しようと思い立ったのであった。
 高畑先生氏と間氏は、全国各地域のトップ企業の経営者を訪れEPC設立の趣旨を熱っぽく説いてまわった。「今後の印刷産業は情報集約的産業を目指し、ただ印刷物を受注生産する分野にとどまらず、時代の変化や要望に応え、印刷・情報媒体を設計開発する提案型営業を志向すべきである」とし、共同体を作って販売促進の研究をする必要性を訴えた。
 かくして、北海道から九州まで、地方のリーダー的印刷会社14社でEPCが発足したのである。
 当時の昭和50年代前後というのは、印刷業も戦後の復興期から技術の革新、文化産業として高度成長を遂げる前夜といった雰囲気の時期でもあった。印刷業の社会的地位の低さ、中小業界の生業的稼業からの脱皮など、進取の気概が高揚していた。近代的企業として働く者も文化産業人としてプライドを持って、一級の技術者として誇りを持って仕事をしたい。社会的地位を高めるために、印刷業界が「知識集約産業」を目指そうとしていたのもこの時期である。
 一社が単独の努力だけでは「力」(ノウハウ、技術や設備力)が限られたものになってしまう。まずそれぞれがもっている能力を「情報・ノウハウ」として融通しあえば、5倍にも10倍にも活用できる。このような共通した願望がEPC-JAPANという「共同体」を実現させた原動力のひとつであった。

2.情報・ノウハウの共有
 
地方を代表するEPCメンバーの社長は、業界のリーダーとして印刷組合の理事長の方々も多く、年配者にも拘わらず、技術力の向上やソフト展開に熱心で、経営指数にも明るかった。強力な個性の持ち主の重みでEPCの基盤が整備されていった。
 昭和50年1月には、カシヨ印刷(株)の清水社長のノウハウ公開によりEPCプロジェクト事業第一号としてタウン情報の発刊が推進された。
 EPC企業間ではオープンに技術と営業の両面で公開しあったことは、それぞれの企業の改善、革新に大いに有益であった。これも清水社長の提案で、各社の財務諸表をオープンにし、詳しいデータを作り、グラフ化して、各社の問題点などを指摘した。正確な経営の分析ができ、全国の地域トップの各社と比較をして、自社の相対評価ができるという大きなメリットがあった。
 タウン情報の発刊、官公庁、金融機関、観光の販促提案、統一伝票の共同企業化に始まり、経営者会議と販促会議で印刷業のほとんどのテーマが取り上げられ、研究されていった。
 EPCグループの実務部門は、これからの企業にとって必要なのは「ディレクター」が合言葉であった。部会・研究会に派遣される担当者はそれぞれ業界に聞こえた猛者ぞろいという感じである。実質的にはこの人々が、EPCグループ現場の歴史を積んできた。台風が接近しても休会することがなかった。手抜きせず、夜を徹しての交流も珍しくなかった。ディレクターとしての範を示さなくてはならない立場上、結果と実績を常に伴わなくてはならない運用現場は、息をつく暇もない緊張の連続であった。

3.継続は力なり
 タウン情報発刊の動きは(株)タウン情報全国ネットワークとしてEPC以外のメンバーも引き込んで今や全国40社規模のネットワークになっている。
 現在EPCのメンバーは、設立時と多少入れ替えがあったが、次の15社となっている。
 
(株)ユーメディア(宮城県)・(株)日進堂印刷所(福島県)・(株)第一印刷所(新潟県)・カシヨ(株)(長野県)・望月印刷(株)(埼玉県)・グラパックジャパン(東京都)・欧文印刷(株)(東京都)・高桑美術印刷(株)(石川県)・サンメッセ(株)(岐阜県)・アインズ(株)(滋賀県)・太平印刷(株)(京都府)・(株)研文社(大阪府)・産興(株)(広島県)・セキ(株)(愛媛県)・秀巧社印刷(福岡県)
 各社のトップは設立時から代替わりとなっているがコミュニケーションは良く取れており結束は固い。
 現在、経営者の交流・研鑽の場であり、EPCネットワークの最高審議・決定機関である理事会は年に5回開催されている。理事会の下に、営業、生産、総務の3本の柱の会議がある。
 営業幹部会議は2ヶ月に1回開催され、下部組織として、販促研究会、デジタルビジネス研究会がある。生産会議は年に3回の開催で、プリプレス研究会、平版印刷研究会を有している。
 
総務会議は年に3回の開催で各社の総務部長、総務課長が出席する。
 EPCの活動が、業界紙や一般紙で報道されると、似たような組織が十指に余るほど生まれたが、たいていは4、5年で消えてEPCだけが残っている。設立当時のメンバー会社がほとんど残っている理由は何であろうか。
 もともとが各地域のトップ企業を選択してメンバーにしたのが最大の理由であろう。「ハード一辺倒ではなく、ソフト重視」「人材重視」「将来を見据えた経営」「ネットワーク効果の発揮」という思想の共有も大きい。メンバー間のオープンな相互の情報交換も結び付きを強めた。質の良い情報を得るためには、メンバーと仲良くし、自分も質の良い情報を整理し、提供しなければならない。メンバー間にそのような共通の認識と実績があった。
 EPC-JAPANは今年秋30周年を迎える。「10年 偉大なり、20年 畏るべし、30年 歴史なる」という言葉がある。(イエローハット相談役 鍵山秀三郎氏)
 今までの30年でEPCは、時代に対応して、印刷業発展の歴史を創ってきた。EPCは次なる50周年に向けて、エクセレントな印刷企業の共同体として、印刷業界のあり方を主導し、豊かな情報文化の発展に大きく貢献を続けていくことであろう。

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